ヒルマンレストランについて

当店概要

ヒルマン・レストランは、1963年、創業者であるウォン・リンオン氏と共同創業者のチャン・アーチー氏により、カントンメントロードのブロック1にオープンしました。

シンガポールの公団住宅(HDB)の中でも初期に建てられた地区にあったため、シンガポール港関係者、シェントンウェイのサラリーマンや、シンガポール総合病院の医師・看護師たちの間で評判になりました。現在その場所にはシンガポール最初のスカイガーデンHDB計画であるピナクル・アット・ダクストンが建っており、当店は2003年からキッチナーロード135番地にあるショップハウスの店舗で営業しています。

2階建てで約130席あります。

 

当店のミッション

家庭料理、屋台の味をシンプルでも快適な空間で味わっていただくことです。

 

ヒルマン・レストランの歴史

ウォン・リンオン氏とチャン・アーチー氏は1930年代初めに中国・広東省からの移民としてシンガポールに来ました。ウォン氏とチャン氏は後に結婚、9人の子供をもうけました。

ウォン氏は、レストランを3店舗(ジャラン・ベサールのフォンセン、ブギス・ストリートのヨーキー、キムセンロードのグレート・ワールド・アミューズメントパークのサンサン)経営していました。

第二次世界大戦が勃発、その後の1942年の日本軍占領にともない、ウォン氏は中国に帰国しましたが、チャン氏は家族とシンガポールに残りました。大家族を養わなければならなかったため、チャン氏はジャラン・ベサールでローストダックとチャーシューライスの屋台を始めました。戦時中、順調に営業を続け、大家族を養い続けました。

history

戦後、ウォン氏はシンガポールに戻り、チャイナタウンのスミスストリートに腸粉(チャーシュー、レバー、エビが入った米を使った点心)の屋台をオープンしました。チャイナタウンでは「のっぽのウォン(Gou Loh Wong)」と呼ばれていました。

1963年、ウォン氏は最初のヒルマン・レストランをカントンメントロードにオープンし、故郷の広東省・順徳区でマスターした広東の土鍋料理をふるまっていました。

中華鍋の代わりに土鍋で調理すると、料理を温かいまま長時間保つことができ、広東の寒い冬の食事で重宝します。さらに、多孔質の土でできた土鍋は、調理をするたびに料理の味が染み付くので、鍋を使えば使うほど、よりおいしい料理ができあがるようになります。ヒルマン・レストランは地元民だけでなく、外国人の間でも評判になりました。10年後の1973年、ウォン氏一家はパシルパンジャンロードの99番地に2号店(マンヒル・レストラン)を、また1995年にはアルバートコートホテルに3号店(ヒルマン・シーフード・ガーデン)をオープンしました。

ウォン氏の息子、サンキョン氏とコックキョン氏はヒルマンとマンヒルの料理長を、また娘のキット・サム、テン・サム、チャイ・サム、息子のムン・ケオンとその妻ホー・ショウ・インはホールスタッフを務めていました。

history

大きなチャンスは1978年に訪れました。ハイアットホテルで開催された第1回Asian Salon Culinaire(今日のWorld Gourmet Challenge(アジアのフード&ホテルの大会))へ招待参加することになったのです。大会の審査委員長は、レジオンヌ・ド・ヌール勲章コマンドゥールを受勲、国家最優秀職人賞を受賞し、フランス・リヨンにミシュランの3つ星レストランを持つ、フランスの伝説的シェフ、ポール・ボキューズ氏でした。当店はボンレスチキンで金賞を、エビの土鍋料理で銀賞を、冷菜で銅賞を受賞しました。ウォン氏にとって輝かしい成功を手にした瞬間であり、ボキューズ氏に当店の料理を味わってもらえたことはとても光栄なことです。受賞後、ボキューズ氏は彼のサイン入りの写真をウォン・サンキョン氏に手渡しました。その写真には、「すばらしい料理、食と人とのよい関係がある」とフランス語でメッセージが添えてありました。

1984年、2代目のウォン・サンキョン氏は、中国で開かれた中華料理国際大会にシンガポール代表として参加を招待され、彼の得意料理ココナッツチキンで銀賞を受賞しました。その後、ウォン・リンオン氏は引退、事業を息子・娘たちに引き継ぎました。ウォン・リンオン氏は1996年に85歳で、妻のチャン氏は2008年に96歳で亡くなりました。現在、レストランはサンキョン氏、コックキョン氏、ホー氏と、孫で3代目のリチャード・ウォン氏が経営しています。40年以上営業を続けたカントンロードの1号店は、政府の再開発計画の区画にあり移転を余儀なくされたため、2003年8月に現在のキッチナーロード135番地へと移りました。皮肉にもその場所は、故チャン氏が1940年代初めに屋台を開いていた場所でした。

history

2008年、画期的な出来事が起こりました。当店がWorld Association of Chinese Cuisine(中華料理を促進する団体)のWorld Famous Restaurant(世界的有名店の称号)を受賞したのです。

今日までに当店は大きな変化を遂げ、キッチナーロードの店舗はよりきれいになり、エアコンも完備しています。今後も味と伝統を守り抜いていきたいと思っています。

HILLMAN NAMBA
2014年10月、大阪 難波にヒルマンレストラン日本一号店がオープン。
住所:〒542-0075 大阪府大阪市 中央区難波千日前 15-16 オクバビル2F

HILLMAN UMEDA
HILLMAN 梅田
2016年3月、大阪 梅田にヒルマンレストラン日本二号店がオープン。
住所:〒530-0002大阪府大阪市北区曽根崎新地1-7-30